大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(う)194号 判決

被告人 野沢博

〔抄 録〕

弁護人の論旨第一及び被告人の論旨について。

所論は先ず被告人が保管していた現金三万七千三百十五円は盗難にあつたもので、被告人がこれを着服横領したのではないとし、原判決の事実誤認を主張する。しかし原判決挙示の証拠特に証人中村民親、同鈴木登良吉の供述によれば、被告人は昭和二十四年十二月八日勤務先である鎌倉郵便局職員の十二月前半期分俸給中より分類所得税として源泉徴収した現金三万七千三百十五円の納付方を同局貯金課中村民親から請求されたが、中村に対して「金を盗まれた、いずれ支弁して納入するから、それまで課長の手前納入告知書に八日付の領収印を押してくれ」と頼んだかと思えば、税金納入は領収証書さえあればごまかしがきいて未納のまま済ましてしまえるかのような口吻を洩したり、或いは上司である鈴木登良吉から右現金紛失の顛末を聞かれると貯金課の中村民親に渡してある旨を述べていることが認められ、その供述に終始一貫したものがなく、その時の都合で平然と嘘を言つてしまうという前記認定のような行動からすれば、被告人がその保管していた源泉徴収にかかる所得税金を盗まれたという事も極めて怪しい節があり、被告人のその旨の供述は措信できない。却つて被告人及びその妻貞子から合計して二万五千円の金が事件発覚直後被告人の取調に当つた郵政事務官郵政監察官松田義郎に提出されている事実に被告人の検察官並びに司法警察員に対する供述調書を綜合して原判示業務上横領の事実を認めることができ、前記の被告人や妻貞子から提出された二万五千円が砂糖取引のため平素準備してあつたもので本件横領にかかる現金とは別なものとは認められない。被告人が取調を受けるまでの間に正味二日の余裕があり、その間被告人が自宅に持ち帰つた現金の中から借金の支払や買物代金等に費消したため、横領した金額と松田義郎に提出された金額と若干合致しない点が生じたというべきで不当ではない。被告人の司法警察員(郵政監察官松田義郎)に対する供述調書が所論のように脅迫に基き署名押印を強制された不法な供述調書とは認められず、たとい被告人が当時病床にあつて間もなく翌年一月七日死亡した二男信崇の身を案じて帰宅を急ぐ事情にあつたとしても、そのため前記松田義郎が被告人に対し脅迫強制の手段に訴え被告人をして虚偽の自白をさせたと認められない。所論中には記録に存する戸塚猛男作成の捜査報告書を非難する部分もあるが、右報告書は証拠とすることに同意があつて証拠調を為されたが、結局原判決には証拠として引用されていないのであるから、これをもつて原判決の不当を主張する論拠となし得ない。なお被告人がその業務上保管にかかる所得税金三万七千三百十五円を鎌倉市よりほしいままに東京都品川区東大崎四丁目の自宅に持ち帰つたこと原判示のとおりなのであつて、これによつて被告人には右税金を不法に領得する意思があつたことが外部的に明らかにされ横領行為が既遂になつたものであるから、右税金を翌月十日までに政府に納入しなければならない旨期限が定められていたにしても、そのため翌月十日まではいかなる処分をしても犯罪が成立しないものとすることはできず、税金納入期限が存することは犯罪の成否に影響を来すものではない。論旨はいずれも採用できない。

(足立 村木 山岸)

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